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アニメが終了して結構経ってるし今更な話で恐縮ですが、『最果てのパラディン』がすごくいい!最近漫画版を読み返したら改めて感動して布教したくなったのよ。ひねくれたD&Dゲーマーの自分ですら、言葉にして誰かに伝えたくなる感情がある……
まずは何より惹かれるのが、「不死神スタグネイト」
D&Dのグレイホーク世界にも秩序にして悪属性でありながら、死者の魂を守る慈悲深さを備えた「死と魔術の女神」ウィー・ジャスがいるけど、もし自分がDMとして彼女を扱うなら、、果たしてスタグネイトのように、あれほど魅力的に描けるだろうか(ムリムリカタツムリ)
「死」や「アンデッド」の権能を持つ神格はなにかと悪属性にされがちだが、本当にそれでよいのだろうか?――スタグネイトというキャラクターの造形は、そんな疑問から出発しているのではないか、と自分は考えている。そして、その問いにこのような形で答えてみせた作者・柳野かなた氏の手腕は見事というほかない。
特に好きなのが漫画第8巻においてスタグネイトの遣い(ヘラルド)がドワーフ王の子孫・ルゥに、くろがね山での戦いの顛末を語るシーン。
「聞くが良い! そして誇るが良い! かの累代の名剣、《夜明け呼ぶもの》は、神代より生くる邪竜の片眼を奪ったぞ!」
……本当に、痺れるセリフだねぇ。カッコいい、惚れちゃう!!
「私は人間を愛している」と臆面もなく言い放つ、そんな不死神スタグネイトが大好きです。
*なおアニメ版では上記シーンが不穏なBGMの上にさらっと流されたのがスゲエ不満。
次に言いたいのが、主人公ウィリアムが至極真っ当に「パラディン」している点。
いやね、パワーゲーマー気質の自分にとってパラディンのロールプレイって本当にめんどくさい難しいものなんですよ……
パラディン5(代替の呪文無し)から上級クラス:パイアス・テンプラーに進んで《近接武器体得》と《秩序への献身》取ってオレツウェイしたいけど聖騎士の上に神殿騎士とか、もうしがらみが多すぎてやだなぁ、とか思っちゃう。
せっかくディテクト・イーヴルで悪属性を見つけ出しても、パラディンいると拷問できないじゃん(危険発言)
などと、「秩序にして善」に対して極めて不遜な態度でプレイしていた自分にとって、どんな困難な状況であっても善の道を歩むことを決して諦めないウィリアムは、本当に眩しく見える。
ああ、これが「尊い」って感情なのね。
(なお『オーバーロード』作中における現地パラディン代表:レメディオスがあんなんになってしまったのは「高い魅力と判断力、しかし低い知力を持つ頑固者」というD&Dのパラディン像を、とことん悪い方向に解釈した結果だろう。そこには作者くがねちゃんのちょっと屈折したサービス精神というか、意地の悪い遊び心がなんとなく透けて見えるような気がする……)
このように『最果てのパラディン』は極めて上質な王道ヒロイック・ファンタジーですので「なろう作品だから」とか、「アニメ版2期はいまいちだったし」といった理由で敬遠している人も食わず嫌いせず、ぜひ原作小説か漫画版を手に取ってみてほしい。