ウィキペディアの記事によれば「全身を覆う板金鎧」、すなわちプレート・アーマーを指す「フル・プレート」という呼称は、ファンタジーRPGの普及によって一般化したものであり「完全な造語」とされている。
またメイル=鎖帷子であるためチェインメイルは重複表現で誤りとされること、リング・メイルやバンデッド・メイルは実在が疑われていること、スタデッドレザーアーマーはブリガンダインを誤解したものなど、近年よく挙げられる鎧ガチ勢からの指摘はいったん脇に置くとしても、プレート・メイル/ハーフ・プレート/フル・プレートといった鎧名称そのものが、中世当時に実際に使われていた用語ではない点は押さえておく必要がある。これらの呼称は近代以降の軍事史研究や歴史復元の分野で、鎧の発展段階を整理するために作られた分類に由来しており、その後ゲーム向けに再編されて広まったものである。
では「フル・プレート」を何時、誰が、どこから広めたのか?といえば……皆さんお察しの通り、1985年にAD&D1e追加ルール集からガイギャックスが広めたのである。
ガイギャックス!!!
時空を超えてあなたは一体何度 ――
我々の前に立ちはだかってくるというのだ!(キバヤシ談)
順を追って解説してゆこう
まずは実在の板金鎧の発展状況についてまとめ
注:19世紀ヴィクトリア朝の武具研究家たちはmailを「鎧全般」を指す語として誤用しており、それが“Plate Mail”などの用語を生むことになった。
しかし現代の研究では、このような用法は否定されており(アジア圏の一部の鎧を除けば)西洋の板金鎧にmailを付ける表現は用いられていない。
以上を踏まえたうえで初期D&Dシリーズ、ルールブックの記述を追ってみる。
『Chainmail: Rules for Medieval Miniatures』(1971初版、1972第2版でFantasy Supplementが追加)
*D&Dの原型であるミニチュア・ウォーゲームにおいては「APPENDIX B:MAN-TO-MAN MELEE TABELE」(個人対個人の近接戦闘命中表)においてLeather Armor、Padded Armor、Chainmail、Banded Mail、Splint Mail、Plate Armorの7種と盾/shieldの組み合わせによる対ミサイル防御段階、"Class of armor worn by defender"の記述がみられるが、各種鎧がどういった区分なのかの具体的説明は無し。
オリジナルD&D Vol.1『Men & Magic』 (1974)
*p.14「BASIC EQUIPMENT AND COSTS」(基本装備の費用、装備品リスト)では“Plate Mail”と記述されているが、エンカンブランス(重量値)を用いた計算例では同装備が“Plate Armor”と表記されている。また、命中判定表「ATTACK MATRIX 1 : MEN ATTACKING」でも“Plate Armor”が用いられており、版内で用語が統一されていないことが確認できる。
『Dungeons & Dragons Basic Set』(1977)
いわゆる「クラシックD&D第2版」と呼ばれるもので、それまでに出版されたD&Dルールをまとめ直し、1〜3レベルまでの低レベル帯に対応した入門用ルールブックである。AD&Dへの導入を目的としておりD&D愛好家のホームズ教授が編集を担当した。
*本書における板金鎧の記述はおおむね“Plate Mail”で統一されているが、シールド呪文やプロテクション・リングの解説に一部“Plate Armor”が残っている
AD&D1e『Player's Handbook』(1978)
*本書も記述は“Plate Mail”で統一されているが、エンカンブランスの「非常に重い装備」例やサイオニックパワー:分子操作/Molecular Manipulationの解説に“Plate Armor”の表記が残っている
AD&D1e『Dungeon Master's Guide』(1979)
プレート・メイルは軽いチェインにプレートのパーツ(胴当て、肩当て、肘と膝のガード、すね当て)が組み合わさった鎧であり、重さはうまく分散されている。プレート・アーマーとは“full suit of plate”(フル・スーツ・オヴ・プレート、全身板金鎧)であり、一般にフィールド・プレート(field plate)と呼ばれるものは、従来のイメージより重さはそれほど変わらず、むしろ少しだけかさが減っている。キャンペーンでこのタイプの鎧を許可する場合、同じ重さを使用し基本の移動速度は9インチ、基本アーマークラスは盾なしで2となる。そのような鎧は非常に高価で、約2,000g.p.ほど。
出典:p.27「TYPES OF ARMOR & ENCUMBRANCE」より抄訳
注記:中世の各種鎧に詳しくない場合、チャールズ・フールクス/Charles ffoulkesの『ARMOUR AND WEAPONS』(オックスフォード 1909年版)が簡潔で役に立つテキストである。ここで私が選んだ鎧の種類はゲーム・システムに合わせて整理したものであり、それぞれ次のようなものを含意している。
- レザー・アーマー(LEATHER ARMOR):キュイール・ブイリ(煮革)製で、上衣・レギンス・ブーツ・ガントレットから成る。
- スタデッド・レザー(STUDDED LEATHER):レザーに補強用の小板(金属片)が打ち込まれ、肩の部分に追加の防護層がある。
- リング・メイル(RING MAIL):革製の鎧に鉄の環を密に縫い付けたもの。
- スケイル・メイル(SCALE MAIL):レザー・アーマーに小さな鉄製の鱗(スケイル)を重ねて取り付けたスーツ。
- チェイン・メイル(CHAIN MAIL):説明不要であろう。
- バンデッド・メイル(BANDED MAIL):チェインメイルの上に、横方向の帯状の連結された金属板を重ねて着る鎧。
- スプリント・メイル(SPLINT MAIL):衣服の層の間に縦方向の金属板を挟み込み、チェインの上に着用する上衣。
- プレート・メイル(PLATE MAIL):肩、胸、背中、肘、腰・股、脚部などの部分的なプレート(板金)をチェインメイルの上に装着したもの。
プレート・アーマー(Plate armor)は後期の発達形態であり、ここでは扱わない。すなわち1500年頃に用いられた、全身を覆う完全な板金鎧は本ゲームでは鎧の種類として使用しない。しかし読者は知っておくべきだが、このタイプのアーマーはプレート・メイルよりも軽く、より可動性が高かった! また価格も二倍から三倍した……
出典:p.165「ARMOR AND SHIELD (III.F.)」より抄訳
*ここで“full suit of plate”という記述が登場する、フル・プレートへ一歩近づいた形だ。またプレートメイルとプレートアーマーの相違点、さらにはAC2のプレートアーマーについての説明も見られるが、この時点では基本的に使用できない装備である(中世の鎧ではないから)。
ガイギャックスが参照している資料も古く、チャールズ・ジョン・フォークスは19世紀ヴィクトリア朝、ロンドン王立武器庫の管理人を務めていた人物。
そして、これまで幾度となく耳にしてきた「プレートアーマーは見た目より軽くて意外と動けるよ」というオタ雑学もここで述べられている……何十年も後になってもそれ言われてるから!
『Dragon』第72号(1983年4月号)
*TSR公式D&Dサポート誌のドラゴンマガジン72号において、ファイターのサブクラスである新クラス:キャバリア/Cavalier/騎兵が初登場。同時に、このクラスの装備としてプレート・メイルよりも高性能な板金鎧2種、フィールド・プレート・アーマー(Field Plate Armor)およびプレート・アーマー(Plate Armor)も紹介されている。
プレート・アーマー(Plate Armor):
地所を有する家柄の騎士または貴族的な生まれのキャバリアは、常にプレートアーマーを着用することになる。
この鎧は「プレートメイル」とは異なり、広範囲に鎖かたびらや金属板、厚い詰め物を用いる必要がない点に注意せよ。したがって、板金鎧は重量と嵩(かさ)の点でチェインメイルとほぼ同程度である。着用者は基本移動速度9インチで動くことができる。すべてのプレートアーマーは個人に合わせて丁寧に仕立てられるため、千着に一着として他人に合うものはない。
プレートアーマーのアーマークラスは、製作の品質によって2または1である。
ゲーム上はこの二種を区別し、それぞれ「フィールド・プレート・アーマー(Field Plate Armor、AC2)」および「プレート・アーマー(Plate Armor、AC1)」とする。この種の防具が個人専用である性質上、魔法のプレートアーマーが「発見」されることは決してない。もしキャバリアがこの種の魔法鎧を望むなら、自ら特別に製作し、付与の魔法を施させねばならない。その工程には複数週にわたる採寸、最も熟練したドワーフ鍛冶師による数か月の鍛造作業、最高級のミスリルまたはアダマンティン合金鋼、そして一年以上に及ぶ魔法の付与が必要となる。
その費用は付与される魔法の「プラス」ひとつごとに少なくとも十万ゴールドピースを超えるものであり、そのような鎧はきわめて稀少である。
出典:Gary Gygax “The Chivalrous Cavalier,” Dragon #72, 1983 より抄訳
*プレートアーマー/全身鎧が貴族階級だけの所有に限られる高級品・貴重品であり、しかも完全なオーダーメイドの装備であるというリアル志向の描写がある一方で、ドワーフ鍛冶師によるミスリルやアダマンティン製の板金鎧といった、RPG的な想像力が史実的な記述に溶け込んでいる点が面白く、なんともガイギャックス的である。
AD&D1eサプリメント『Unearthed Arcana』(1985年6月、著:Gary Gygax)
*上記ドラゴン誌のクラス:キャバリアを再録。同時に全身鎧も掲載となったわけだが、これら2種の鎧は既存のプレート・メイル(Plate Mail)と名称が紛らわしいためか、名称がそれぞれフィールド・プレート(Field Plate)、及びフル・プレート(Full Plate)へと改められた。
ここにおいてD&Dシリーズで初めて“Full Plate”という語が公式に用いられ、ここから「フル・プレート」という呼称がゲーマー間に広く定着していった。
1eルールにおける鎧の性能・価格は次のとおり:
- プレート・メイル:AC3(-7良化) 400gp
- フィールド・プレート:AC2(-8良化) 2,000gp
- フル・プレート:AC1(-9良化) 4,000gp
*フィールド・プレートとフル・プレートはダメージ吸収能力を持ち、ダメージダイス1個ごとにそれぞれ1点・2点を吸収する。吸収量以下のダメージは無効化されるが、蓄積された一定量を超えると修理が必要となる
この区分はそのままAD&D2e(1989)にも受け継がれ、さらにD&D3e(2000)では整理統合のうえ、以下のように再定義された。
- ハーフプレート: AC+7 600GP
- フル・プレート: AC+8 1,500GP
フル・プレート:この金属の鎧にはガントレット(篭手)、じょうぶな革のブーツ、面頬のついた兜、鎧の下に着る分厚い詰め物が付いている。フル・プレートは腕のいい鎧鍛冶が一領一領、持ち主の体に合うように作るものと決まっている。とはいえ、分捕った鎧を新しい持ち主に合うようにしつらえなおすことはでき、これには200~800(2d4×100)GPかかる。
出典:『プレイヤーズ・ハンドブック』3.5版(2005)「防具の説明」より抜粋
*D&D3版系では、フル・プレートは敏捷力ボーナス上限・判定ペナルティ・秘術呪文失敗確率のいずれもハーフ・プレートやスプリント・メイルより優れており、「全身鎧は見た目よりも動ける」という要素をデータ面で表現している
またD&D3版系ではAD&D1eのフル・プレートに存在したダメージ吸収ルールは廃止されたが、そのかわりアダマンティン製の金属鎧にはダメージ減少(Damage Reduction)が付与されるようになった。減少値は鎧の種類により、軽装鎧で1、中装鎧で2、重装鎧で3となっている
このように「フル・プレート」という名称は、実質AD&Dゲームデザイン上の分類の中で生まれ広まった用語であり、後のファンタジーRPG作品における"最強ランクの鎧"のイメージを形作ることとなった。
なお上記鎧の価格を見て、思わず驚いたクラシックD&D世代(いわゆる赤箱経験者)の方もいるかもしれない。
クラシックD&D4版(赤箱、メンツァー版、BECMI、1983年)では、最初のソロアドベンチャー(バーグルとの死闘)を生き延びた戦士である「君」が、次の冒険に備えて街で買い物をする場面がある。そこで「君」は鎧職人にチェインメイルを下取りに出し、プレートメイルをわずか50ゴールドで購入するのだから。
- 『ベーシック・ルールセット』 プレートメール AC3 (-6良化) 60gp
- 『マスター・ルールセット』 スーツアーマー AC0 (-9良化) 250gp
*スーツアーマーはブレスウェポンなどの範囲効果ダメージを軽減し、ダメージダイス1個ごとにつき1点減少。またセービング・スローに+2のボーナスを与える
これを見ればAD&Dの板金鎧(400~4,000gp)との価格差は歴然である。
初心者向けで遊びやすさを重視するBECMIと、階級・経済差・キャラクター成長をゲームに反映し、よりシミュレーション性を重視するAD&Dという設計思想の違いが、両システムにおける板金鎧の価格差を生み出したと考えられる。
最後になるが『オーバーロード』考察ブログとしてオバロ作中のフル・プレート描写に少しだけ触れておきたい。
オバロ作中ではしばしば「全身鎧(ルビ:フル・プレート)」という表現が登場するが、おそらくこの名称はD&D3版系からの影響によるものだろう。
一方でアルベド装備の〈ヘルメス・トリスメギストス〉については「スーツアーマーともいうべき全身鎧」という記述が見られる。この表現はクラシックD&Dマスタールールセット(黒箱)において最強の鎧として扱われていた「スーツアーマー」の影響を強く想起させる。〈ヘルメス・トリスメギストス〉が三重装甲とアルベドのスキルを併用することで超位魔法すら三発耐えうる点も、「スーツアーマー」が唯一有していたダメージ減少能力という特殊ルールに着想を得たのではないだろうか?