Tomb of the Overlord

オーバーロード 元ネタ考察 備忘録

D&Dゲーマーは死すら楽しむべし、という風潮

ダンジョンズ&ドラゴンズ』というゲームに勝敗はない。すくなくとも、通常の意味での勝敗はない。DM とプレイヤーは一緒になって、恐るべき脅威に立ち向う勇敢な冒険者たちの物語を作りあげてゆく。時には冒険者が無惨な最期をとげることもある。 どうもうなモンスターに八つ裂きにされて。あるいは、狡猾な悪党の手にかかって。しかしそれで終りではない。生き残った冒険者たちは、斃れた仲間を蘇らせる強力な魔法を求めて旅に出ることもできる。また、死んだ冒険者のプレイヤーが、新たなキャラクターを作成して冒険を続けることもできる。冒険の一行が個々のアドベンチャーを成功裡に終えられないということはあるだろう。けれどそれでも、誰もが楽しい時間を過ごし、記憶に残る物語を生み出せたなら、彼らはみな勝利したのだ。

(D&D5版プレイヤー用ベーシック・ルール日本語版Ver.0.3「はじめに」より抜粋 .2014)

 

From time to time, your character might come to a grisly end, torn apart by ferocious monsters or done in by a nefarious villain. But even when your character is defeated, you don’t “lose.” Your companions can employ powerful magic to revive your character, or you might choose to create a new character to carry on from where the previous character fell. You might fail to complete the adventure, but if you had a good time and you created a story that everyone remembers for a long time, the whole group wins.

”時折、あなたのキャラクターは凶暴なモンスターに引き裂かれたり、極悪非道な悪役に倒されたりして悲惨な最期を遂げるかもしれません。しかしキャラクターが敗北しても「負け」ではない。仲間が強力な魔法を使ってキャラクターを復活させることもできるし、前のキャラクターが倒れたところから新しいキャラクターを作って引き継ぐこともできる。冒険を完遂できなかったかもしれないが、楽しい時間を過ごしみんなの記憶に長く残る物語を作り上げたなら、グループ全体の勝利となる。”

(D&D4版Player’s Handbook序章「A ROLEPLAYING GAME」より抜粋抄訳.2008)

 

• Winning and losing . 
Each D&D game you play is really another story told collectively by the Dungeon Master and the players. If the player characters survive and complete the quest-of-the-day—or even if they die in a spectacular and memorable w a y then everyone has a good time and everyone wins.

●勝ちと負け
あなたがプレイするD&Dゲームは、ダンジョンマスターとプレイヤーによって語られるもう一つの物語です。プレイヤーのキャラクターが生き残り、その日のクエストを完了すれば—あるいはたとえ壮大で記憶に残るような死に方をしたとしても、全員が楽しい時間を過ごせば、全員が勝者なのです。

(D&D3.5版ボックスセット.D&Dビギナーズ・セット/D&D Basic Gameより抜粋.2004)

 

Why do we play games? To have fun. Each player “wins” by having fun so if you had a good time, you win! You can have fun even if your character gets killed and if that happens, don’t worry. You can always make up another one! Winning a role playing game is like “winning” in real life; it’s just succeeding in doing what you wanted to do, and living through it. The fun comes from doing it, not ending it! This is why we say that in this game, everybody wins and nobody loses.

”私たちはなぜゲームをするのか? 楽しむためだ。各プレイヤーは楽しむことで 「勝ち 」になる!たとえあなたのキャラクターが殺されても、楽しめば勝ちなのだ!心配はいらない、いつでも次のキャラクターを作ることができます!ロールプレイングゲームで勝利することは、現実の人生で「勝利」することと同じです。楽しいのはそれをすることであって、終わらせることではない! だからこそこのゲームでは誰もが勝利し、誰も負けないのです。”

(クラシックD&D4版赤箱.Franklin Mentzer, Dungeons & Dragons Basic Set, 1983)

 

The D&D game has neither losers nor winners, it has only gamers who relish exercising their imagination. The players and the DM share in creating adventures in fantastic lands where heroes abound and magic really works. In a sense, the D&D game has no rules, only rule suggestions. No rule is inviolate, particularly if a new or altered rule will encourage creativity and imagination. The important thing is to enjoy the adventure.

”D&Dゲームには敗者も勝者もなく、あるのは想像力を発揮して楽しむゲーマーだけである。プレイヤーとDMは英雄があふれ、魔法が本当に使える幻想的な土地での冒険を共に創り上げる。ある意味でD&Dゲームにはルールがない。特に新しいルールや変更されたルールが創造性や想像力を刺激するのであれば、ルールに絶対的なものはない。大切なのは冒険を楽しむことだ。”

(クラシックD&D3版.Tom Moldvay. Dungeons & Dragons Basic Set .1981)

*手持ちの資料でこれより古い同様の記述は見つかりませんでした、知っている人がいたら教えてね

 

さて、ロールプレイング・ゲーマーの心構え、金言として長年にわたり言い伝えられる上記文章群だが……

「低レベルで矢鱈と死にやすいデッドリーなゲームバランスをいい加減どうにかしろ」「初心者が最初に触れるであろう冒険にコーデルのクソ遭遇をやらせるんじゃない」などとネガティブな感情が沸々と湧き上がってしまうが、それはさておき、近年の文章は「ともかくゲームを楽しもう!」といった主張が強い。また確認できた最古の記述であるモルドヴェイ版クラシックD&Dでは「死んでも楽しめれば勝利」の部分が無く、これは赤箱でフランク・メンツァーが付け加えた部分だと確認できた。

そしてこれからが本題だが、なぜ「敗者も勝者もルールも無い」がルールブックの序文に書かねばならぬほど重要だったのか?

 

最初期D&D研究家であるジョン・ピーターソン氏の著作によると*1オリジナルD&Dに対する旧来のウォーゲーマーからの批判の中には「ルールがわかりにくく、どうやってプレイすればいいのかわからない、勝利条件が書いてない」というものがあったそうだ。

これは私見だが、「D&Dには敗者も勝者も無い」といった論説は、元をたどれば上記批判に対する反論として生まれた物なのでは?

 

なんにせよウォーゲーマーたちの批判は至極真っ当としか言いようがない。

オリジナルD&Dは、極めて複雑わかりにくい各ルールが色々な場所に書かれているうえにモンスターだの火星人だのロボットだの、城と要塞の建設、操船と海戦、ダイオウイカの襲撃、迷子、チェインメイルを参照、アバロンヒル社の野外地図を使えだの、ゲームに使うかどうかわからんような些事には色々拘っているのに、肝心のどういったゲームプレイになるのか、どうやって遊べばいいのかは全然わからん!

これに比べると後年のクラシックD&Dシリーズがいかに良く出来ていたことか、赤箱の製品としての完成度の高さ、初心者にロールプレイングとは何か、キャラクター・メイキングをどうするかの説明から自然に最初の冒険へいざなう、その巧妙な導入部に改めて感動すること間違いない。

 

ガイギャックスは、最初期D&Dをプレイした人たちが熱狂的信者となり各自地元のゲーマーへとロールプレイングの遊びかたを布教していく様を福音伝道師に例えたが、これがなければ本当にどうなっていたことやら。

もしD&Dが最初の段階で普及に失敗していたなら、その後ロールプレイング・ゲームが一大ジャンルとして確立することもなく、単なるマイナーなウォーゲームの派生として終わっていた可能性もあったのだろうか?

 

まあ今現在こうやって、自分が『オーバーロード』や『学園アイドルマスター*2を楽しめているのも、D&Dのデザイナー及びプレイヤーが全く新しいゲームであるロールプレイングの普及に尽力してくれたおかげ、その先に生まれたものと言えなくもない…のか?*3

*1:『Game Wizards』または『Playing at the World』どっちに書いてあったか忘れた

*2:しばしばローグライク・ゲームと言われているが、さすがにどうかと思うぞ

*3:オチの着地点が変な所にきてしまったが、偽姉シナリオのメインライターが志瑞祐であることを思えば、D&Dと無関係とはいえない